ドミノ倒し
朝公園でラジオ体操をしているときに、さくらが散るのがよく見られた。それほど強い風が吹くわけでもないのに、ときおり間をおいて散りはじめる。
それはそれはみごとな、はじめて見るような花吹雪で、向こうの先が見えないほどに花びらが空間を埋めつくすような情景だった。ほんの10数秒ほどだろうか、あっという間でもあった。
それは夜空に打ち上げられる花火のようでもあるし、また長い時間をかけて巧妙に細工されたドミノ倒しであるかもしれない。惜しげもなくぜいたくで、自然が創りだすゴージャスなショーだった。
ところで話は全然変わるけど、同い年の人なのに疲れるのでいつもベッドで寝ながらテレビを見るそうだ。それが最近23インチのテレビの画面が見づらくなってきたという。
そこでさらに大型の26インチのものを買うつもりでいたらしい。ところがふと気がついたという。テレビをベッドのほうに近づけたら、とてもよく見えるようになったという。
これで新しいものを買わなくてすんだと喜んでいるのだ。まったく笑い話にもならない。遠くからだったら見にくいのは当たり前なのに、テレビを動かすというチエがすぐに働かなかったのだろうか。
でもこれを聞いてとても人ごとという気がしなかった。年を経るごとに思考力がまったく機能しないことがあるのだ。考えるという漢字が、老いるの字に似ているのも無関係ではないのだろう。
それとはべつに今日たまたま、新聞の「女の気持ち」欄に載る投稿記事を読んだ。なんとお歳は93歳のおばあさんだ。朝ドラの「カーネーション」の主人公とほとんど重なる。
60歳になってから洋裁をはじめたという。最近ミシンの糸通しに手間どるようになったので、最新の高機能ミシンを購入したそうだ。洋服をつくったり繕いごとが楽しくて仕方ないとあった。
それにしても先の74歳の男性と93歳の女性、男女のちがいもあるのだろう。まるで年齢が逆さになったようだ。もちろん個人差もあるし、人いろいろ人生いろいろだろうか。
人がさくらに魅せられるのは、咲きほこる花の絢らん豪華さに圧倒されるからだろう。それにドミノ倒しに似た散りざまのいさぎよさだろうか。人の実態とはあまりにかけ離れているようだけど。
仲間に入れてほしそうヘリコプター

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